9月になれば
COME SEPTEMBER          2007年9月

見なければよかったワースト3
●元祖 日本沈没 劇場版
●元祖 日本沈没 TVドラマ版
●9月になれば COME SEPTEMBER

前にも書きましたが記憶ってものすごくいい加減なものであることをまたまた再発見?してしまいました。
このところの地球温暖化のせいでしょうか?8月も終わりに近づきもうすぐ9月、というころには何となく秋の気配も感じられたのですが特に今年の猛暑ではなかなかそんな季節感を味あわせてもらえないようです。

さて今回は映画「9月になれば」の紹介なんですがどーも昭和の世界に行ってしまったようで・・・・

▲9月になればのDVDジャケット


何となく物悲しくなる季節のはじめ、ちょうどこの頃。どういうわけか私のDNAには「9月になれば COME SEPTEMBER」という映画のテーマソングと ♪September rain rain・・・という、太田裕美の曲が刻み込まれているらしく、この季節になると頭の中に曲が流れてしまうのであります。

10代の多感な時期に買ったビリーボーンのアルバムにこの「9月になれば」が入っていたものですからこの曲はもうめちゃくちゃ脳に刻み込まれたわけです。

▲ビリーボーンのLPレコード 軽音楽アルバムです。1972年(昭和47年)購入


それでも映画のストーリーはまるで記憶になく、ただ甘くせつないラブストーリーであったこと、何故かしらラストシーンとしてヒロインのきれいな女性が赤ん坊をだいている情景だけが記憶されているわけです。そしてそのイタリア女性はものすごく綺麗なひとであったこと・・・・

さてさて今年も例年通り「COME SEPTEMBER」。今年ちょっと違うのは近くに、近くとは言っても家からは10kmは離れているんですが、TUTAYAができたのでレンタルビデオがあるかどうか調べてもらうことにしました。残念ながら店にはレンタルもないしセルビデオも扱えない様子。
仕方なくwebショップで購入することに。本体839円、送料380円。 送料比?(送料/本体価格)のなんと大きなこと。

で、結果・・・・・
褒めたいこと
音声は2chモノラル。これは元々がモノラルなので仕方ないことですがその映像のすごいこと。1989年にRENEWされたと書いてありますが昭和30年代に製作された映画とは思えないほどめちゃくちゃ綺麗だったこと。60年代を再現して今作った映画、と言ってもいいような素晴らしい映像でした。
思い出してみるとたぶんTVで見たこの映画は、おそらく「モノクロ」だったと思いますので当時のイタリアの風景が「総天然色」でハイビジョンTVでもノイズひとつ感じさせない映像で見れたことには感動しました。

がっかりしたこと
ここで「記憶」の問題。元々ストーリーは記憶に残っていないのですが脳が勝手にストーリーをものすごく美化して記憶らしき操作をしていたようで現実はまるで違うもの。内容はそこそこの「ラブコメディ」。まるで予期していなかった初めて見る映画なのでありました。
それとテーマソング。サウンドトラックでの「9月になれば」は歌入り。聞いた感じこれまたちょこっとイメージダウン。いかにもフル(古)〜という曲に聞こえてしまったのです。サウンドトラック盤より演奏だけの方がいいと思ったのもこれまた初体験。


あの時代・・・
この映画の封切りは1961年(昭和36年)です。前年には主演のロック・ハドソン、ジーナ・ロロブリジータは揃ってゴールデングローブ賞の「世界で最も好かれた男優・女優賞」に選ばれているようです。この頃私は小学校の低学年。この頃「学校許可映画」というものがありまして、これ以外は見れなかったので外国の「ラブコメディ」をリアルタイムで見ているはずもありません。TVで見たという記憶は間違いないのでこれよりずっと後に放映されたものを見ているようです。

映画の中では主人公がいかにも高級そうなスポーツカーに乗っていますがこの頃故郷宮崎の街にはミゼット(3輪車)が走り、幹線道路はアスファルト舗装されていましたがまだまだ砂利道が残り、そこには馬車も走っていました。リッチな庶民にはそろそろ「自家用車」が持てるようになった時代で映画「ALWAYS 3丁目の夕日」そのものの世界でした。
海外渡航など一般的ではなかったので宮崎は「新婚旅行のメッカ」といわれ観光地としての全盛期だったと思います。海外旅行も当たり前となり観光地としての宮崎も衰退し、最近東国原さんが一生懸命PRして復興をはかってられることはおなじみになってしまいました。

▲昭和42年頃 手前の車は多分ミゼット もっと下が見たい! ▲新婚旅行のメッカ、宮崎。日南海岸ロードパーク。 車を止め眼下の海を見ているのはみんな新婚カップル?
 昭和46年冬撮影


1964年(昭和39年)には東京オリンピックも開催され日本の復興を世界にアピールした年でした。オリンピック開催にあわせ、新幹線、夢の超特急の東京⇔大阪間での営業運転も開始されました。多くの技術的な問題を克服してぎりぎり間に合ったエピソードはプロジェクトXなどの番組で比較的最近知られるようになったのではないでしょうか。若干背景が違うところもあるかと思いますが丁度今の中国が北京オリンピックにより多くの面で先進国の仲間入りに努力している様と似ているようです。

貧乏人は麦飯を食え、とか所得倍増計画とか、北爆、トンキン湾事件、等々、時代が少しずれてるかも知れませんが日本の高度成長期、世界は冷戦の真っ只中と記憶しています。その頃私は中学生。実家にTVが来たのはその後で、貧乏な我が家にもやっと白黒TVがやってきました。
主演女優のジーナ・ロロブリジータを、いいなあ、きれいなひとだなア・・・と指をくわえて見てたはずで、TV放映はたぶん高校生の頃だったかも知れません。

▲昭和30年代のお店 母と
母方の実家が食料品店をやっていました。お菓子コーナーです。ほとんどのお菓子が量り売り。バラでケースの中に入っています。
▲昭和40年代。初めて我が家にやってきた白黒TVの写真が何とか見つかりました。木製のキャビネット、14型ほどの丸いふちの球面ブラウン管、回転式のチャンネル、どれもが懐かしいですね。1000円ほどのおもちゃのカメラで撮影しました。我ながらよく撮れました。祖母と姉。姉には掲載が内緒ですのでちょっと目隠しを・・・40年も前の写真だから意味無い?
▲1968年(昭和43年)の中学校卒業アルバムの一枚。体育大会の様子です。1学年10クラス、1クラスに45名ほどいました。市内でも大きな学校のひとつでしたがそれにしても今の少子化がうそのようです。 ▲何だか判りますか?ソノシートと呼ばれる薄いレコード盤です。当時雑誌の付録として流行っていました。NHKグラフ?の付録です。左端は昭和39年の東京オリンピックを記念して入っていたソノシートです。

9月になればのお話に戻りまして・・・
ま、知名度は名作「ローマの休日」には及ばないとは思いますがそれでも大きな期待をせずに見ればそれなりの面白い「ラブコメディ」であることには間違いないようです。
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