1989年ハムフェア 特別記念講演
The Amateur Radio Service---a Resource for the World
アマチュア無線それは世界の資源
         IARU会長 R.Lボールドウィン氏

1989年のハムフェアにおいてIARU会長の講演がありました。
アマチュア無線の原点やなすべきこと、を改めて感じることが
できました。非常に感銘する文章なのでここに紹介します。
 原文に限りなく近い文章にしていますので
「日本語」としては多少変かも知れません。御了承下さい。最初の段落のみ原文を併記しておきます


 私たちはここにこうして座り、ここから無限のかなたまで拡がる電磁界の中に浸っています。我々はそれを見ることも味わうことも感じることもできません。しかしながら、ここ日本でこれをちょっと変化させるとロンドンでワシントンで月の表面でこれが変化することを我々は知っています。この電磁界は幾百万光年の距離を縫って光、あるいは電磁波の伝達を可能にすることを私達は知っています。

 We sit here, you and I, immersed in an electromagnetic field which extends from here to eternity.
We can't see it , we can't taste it, we can't feel it---but we know that when we scratch it here in Japan,
it twitches in London, and Washington, and on the face of the moon.
We know that it is this electromagnetic field which enables the transmission of light waves and radio
signals acroos distances of milions of light years.



 この電磁界は今世紀のはじめに科学者達の手によって研究室の中で発見されました。その時は研究室の片隅で発生させたスパークが他方にある検流計を振らせることに気付いたのです。このことは一般の新聞の記事としても掲載され、多くの実験家がこれらのことを再現することに挑戦し、そして成功しました。

彼らはまず部屋の中でスパークが伝送されることを知り、そして道を挟んで、そして街を縫ってこれらが届くことを確かめました。彼らが無線周波スペクトラムを使用した最初のユーザーであったわけです。結局彼らがアマチュア無線家として知られるようになったのです。



 間もなく無線は主に海上の船舶との通信方法を拡大していく為の実用的なものにとって変わりました。船舶の遭難時に救難信号を送り、生命と財産の安全性を高めることが−つの用途でした。
海上の船舶での利用及び実験家達の利用の双方からの無線の用途の拡大につれて、インターフェア(混信、妨害)の問題が起こり始めた為、1903,1906,1912年に初期の通信会議が開かれ幾つかの問題点を解決する為の決定がなされました。

ここで注意しておくべきことは、これら無線周波のユーザーは船舶と地上局そして実験家の人々のみであったということです。そこには放送局、通信局、アマチュア業務の局はまだ一切存在していませんでした。

 しかし無線の発達は急速であり、協議の決定事項には幾つかの追加規定が必要でした。ところが第一次世界大戦の勃発は1917年に大きくなった問題を解決すべく開催予定の会議を1927年にまで延期することを余儀なくしました。

1927年頃までには驚くべき技術の発展があり無線周波数帯も非常に混んでいました。船舶の通信と実験家に加え、そこには多くの放送局と公共の通信局があったのです。その上に現在HAMとして知られている初期の実験家達は比較的小電力で世界中との交信を可能とする短波帯を見出し、まさに無線は国際的なものとなっていました。

 1927年のワシントン会議では今世紀の残りの期間についての国際的な無線規則を方向付けしました。それはもちろん多くの異なる業務(現在ITUに柔認されているだけで約40業務)に分けられています。我々はこれらの決定によりアマチュア業務に従事しているわけです。

アマチュア局の為に周波数帯は調和をもって規定してあります。アマチュア業務を管理する為の基本的な条項が規定されており、その中にはコールサインや監視その他に関する多くのアマチュア条項を含んでいます。その時からアマチュア業務の歴史は揺るぎない発展を遂げてきているのです。1900年代の初期のほんの一握りの実験家達から今では我々は二百万人に近い世界規模のアマチュア人口を擁し、その数はまだ増加しています。 



 アマチュア局は無線周波数帯の幾つかの非常に重要な部分を独占しています。国際レベルの通信行政はアマチュア局の要求に応えざるを得ないことを余儀なくされています。これらのことは何を根拠に正当化されているのでしょうか?

 アマチュア業務は貴重な資源です。例えば自然災害時に緊急通信を提供するとという永く誇りある歴史を持っています。地震、森林火災、洪水、荒天…これらは通常の通信設備に損害を与えます。アマチュア局は自らの手でポータブル型の通信設備を備え、非常通信を行えるよう組織出来ることを誇りに思っています。彼らは非常時の通信訓陳を熱心に行っています。

大分県総合防災訓練が挟間町で行われ、挟間町AMCも非常通信訓練に参加しました。阪神大震災を機に、非常通信の重要性が見直され、全国各地で体制強化の機運が高まっています。


 事実、災害時のアマチュア局の非常通信が認められ、1979年のITUの通信行政協議において640もの決議案が採択されました。それはアマチュア局の能力を利用することを行政機関に奨励させるものでした。アマチュア業務は熟練の集積、操作の自己訓練、そして電気の技術者を提供します。若い人々、アマチュア局は非常に情熱的であり、彼ら独自のカで何ら正式な授業も受けず、専門知識を得ています。

事実、アマチュア無線に熱狂する若い人達の中には無線、エレクトロニクス、科学といったものに何らかの形で経験を蓄積しているような数多くの例を見ることが出来ます。

YL制作会のひとこまです。「アマチュアは進歩的であること」小さな、ちょっとした興味からの実験や経験が、ひいては国を発展させる大きな力となり得ます。


 このようにしてアマチュア局を養成する国々は必然的に無線技師や電気技術者を増加させ、その蓄積は通信や科学技術において国を発展させる偉大なカとなる得るものなのです。アマチュア無線は未開発の技術発展にも寄与してきました。短波帯の価値を最初に見出したものアマチュアです。

アマチュアは火花のスパークを転じ、CW通信を開拓しました。

アマチュアは最初の単一受信機を開発しました。

アマチュアはSSB通信方式を受入れ発展させました。

アマチュアは多くの伝送モードの理解をし、適応してきました。

 達成してきたことは多くに及びます。
 アマチュア無線業務は国際的な友情と好意の源であります。世界中のアマチュアはお互いに話し、そしてお互いに学び取っていきます。顔をつき合わせることはまれですが、空の上でのコンタクトでお互いをよく知り、そして友情を分かち合うのです。それは一生にわたって継続する場合もあるのです。

元合衆国大統領アイゼンハワー氏は「もし、すべての人々がアマチュア無線家であったなら、国際的な誤解など全くなかったであろう」とも言っています。

お空で知り合ったオーストラリアの友人が大分に立寄りました。大分・別府・湯布院を案内した時のひとこまです。
アマチュアは小さな親善大使です。


 一国の政府に限らず、世界中の国々にとって、アマチュア無線が貴重な資源であるということは以上の理由のみならず、例えば、合衆国とか、日本とか西ドイツとかの多くの国の今日の若いアマチュア達は、明日のエレクトロニクスのリーダーとなる中心的な組織をつくっていることもそうです。このようなことは世界中で起こり得ることでもあるのです。

 ---略(IARUの組織と仕事について)---

 この講演の冒頭で、電磁界が無線通信を可能にすることをお話し致しました。我々は普段その存在を当たり前のように受け止めていますが、それは世界と宇宙を一つに結ぶことの一助となる物理現象なのです。

100年近く前、アマチュア無線家はこの現象をコミュニケーションを目的として利用するものとして開拓し、そしてそれを今なお続けています。我々の普段の生活面にもアマチュアが貢献した多くのものを見ることができます。それはアマチュア無線家自身が貴重な資源‥・…世界の資源であることなのです。

 この短い講演が、アマチュア業務については皆さん既に多くの知識をお持ちでしょうが、少しでもお役に立てられることを望んでいます。日本の皆様はJARLを通してアマチュア無線の発展を担うリーダーです。ご発展をお祈り致します。

              IARU会長
                Richard L Baldwin(callsign:W1RU)

    講演原文はCQ ham radio October 1989に掲載されています




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